宗谷は、江戸時代たび重なるロシアの南下に備える最前線で警備をするために来た藩士が沢山寒さのため水腫病などで亡くなっています。
この時、犠牲になった藩士の墓が宗谷護国寺に13基あります。その墓にはだれが眠っているのか、墓の後ろに記されている文字も古くなり薄くなったり解読するのが容易ではなくどういった方達なのかまでは知れ渡っていません。
そんな13基の墓について宗谷の歴史を独自に調べ今回本も出版した宗谷支庁副支庁長 吉原裕さんにうかがっています。
吉原 裕さん
旧藩士の墓
旧藩士の墓